手を動かしてみる。実際に動かしてみる。
動かしてみる前には想像できない気づきがある。
何より、動かしたことで小さな小さな達成感がある。
その達成感が動きをさらに誘発、うながす。
気持ちが良くなり細部のカタチに没入していく。
客観的に観た場合、そこに意味があるのか。
ビジネスサイドの物指“生産性”からみれば意味は無い。
ムダばかり。
しかし、このムダの中にはビジネス上の価値もある。
ビジネスはスケール(アップ)が求められる。
スケールアップには、標準化・パターン化が必要になる。
標準・パターンはスピードを求めるようになる。
ミスなく速く。これが生産性。
生産性を追求する前提には、
すでに特定の人達に必要とされる価値が創造されている。
この価値を創造するにはムダが必要になる。
このムダは、常識・ふつう・あたりまえの対極にある。
ビジネス領域で優秀だと言われる人は、
ミスなく、速く仕事をこなせる人。
つまり、生産性が高い人。
クリエイティブ領域で優秀だと言われる人は、
「それ、新しいよね」
「それ、独自性があるよね」
と言われる人。
お互いの領域がお互いから学ぶ必要がある。
生産性ばかり追求していると、
いずれ需要は無くなる。枯れる。
入金がなくなる。
独自性ばかり追求していると、
いずれ需要は無くなる。枯れる。
入金がなくなる。
お互いに同じ結末を迎える。
ビジネスも芸術も共に必要な社会機能。
互いに学習し合うのが良い。
しかし、お互いに使う言語が異なる。
かたやロジック・論理。
かたやセンス・感性。
同じ母国語を話していても、話が通じない。
しかし、どちらの領域であっても、
周囲から変わった人と言われ、
人間にとって必要なことを
追求し続けている人同士は話が通じる。
それぞれの領域には
ハイパフォーマー、
ミドルパフォーマー、
ローパフォーマーがいる。
ハイパフォーマーの上に
極一部、トップパフォーマーがいる。
組織の大小は関係ない。
トップパフォーマー同士は、
領域が異なっていても
話が通じている。
”〇〇思考”のような薄っぺらい領域にはいない。
”〇〇アート”のような薄っぺらい領域にはいない。
カテゴリー化は標準化・パターン化の領域。
そこにトップパフォーマーはいない。
この領域は誰でも入ることができる。
固定観念、常識・ルールを客体化でき、
今後、固定観念化される、
今後、常識・ルール化される領域を追求することで。
日々の小さな小さな行動と思考の積み重ねる。
その積み重ねをあっさり捨ててしまう。