それはほんとうに解くべき問題なのか?

決められた範囲の業務をミスなく迅速に対処できる。もし、ミスが起きたとしてもそれを迅速に対処し達成感を獲得できる。ますます、自分の範囲“外”の業務のインプットが減っていく。想像力が限定的になっていく。

このように部分最適をするための行動と思考が習慣化されていく。それぞれは自分の範囲で責任感を持っている。ちゃんと仕事をしている。大手企業から中小企業まで、このような優秀な方々、管理者、トップマネジメントから、今の問題を教えてもらうと、以下のような問題が出てくる頻度が圧倒的に高い。

  • メンバー同士の意思疎通ができなくなっている。今後のコミュニケーションの仕方がわからない
  • 直行直帰がふつうになり、それまでの関りができなくなっている。例えば、朝礼などができなくなっている
  • リーダーが想定しているアウトプットをメンバーが出せない
  • 新人を職場に溶込ませるきっかけが見いだせない。新人の個性が掴めない
  • テレワークの推進が中途半端になっている
  • マネージャーが決めること、メンバーが決めることの境目がわからない
  • マニュアルをみればできるようにした結果、量が膨れ上がってしまい、誰も観なくなった
  • 〇〇の危機意識の温度差がある。事業継続(BCP)の意識が弱い
  • 職員の体調管理。〇〇が発生した場合の対策
  • 「どうするんだ?」もしくは「会社が〇〇」としか言えない管理者を変えたい

これらの問題は、それぞれの閉じた範囲の中で切実な問題。解決した方が良いが「組織としてほんとうに解くべき問題なのか?」。

これらの問題から、解くべき問題を想像すると以下になる。

人に関わるやり方を知らない

そもそもの目的を考えない

人に関わることができないため、インプットが増えない。
インプットが増えないため、正しい目的がみいだせない。
人に関わる必要がある。しかし、人に関わる正しいやり方を知らない人は圧倒的に多い。

相手の役に立つ関わりができない。相手の利益になる関わりができない。利益には金銭的な利益と非金銭的な利益がある。せめて非金銭的な利益、例えば相手に話を気持ちよくしてもらう。これも相手にとって非金銭的な利益。相手の利益をつくれない関わり方をしていては、解くべき問題はみえてこない。

相手に正しくかかわるやり方を身に付ける。その上で、

「なぜ、それが問題だと思うのか?」

「その問題解決は、対処療法で終わってしまわないか?」

「その問題を解くと自分個人と組織全体が望む状態に近づくのか?」

「そも問題を解く目的は何なのか?」

「そもそも、その問題を解く必要があるのか?」

「そもそも、その問題が発生しているのはなぜか?」

など、自身へ問いかけが不足している。

例えば、
人の管理ができない”。

そもそも、なぜ人を管理する必要があるのか?
人が怠けるからなのか?
なぜ、人が怠けるのか?
できることが増えないため、達成感を得られていないから?
なぜ、できることが増えないのか?
自分が相手にできるようになってもらうように教えられないから?
教えている。
なぜ、教えているのに、できるようにならないのか?

このあたりから、他責にするか、自責にするかに分かれていく。例えば、

【他責の場合】相手の能力が低いから。

【自責の場合】そもそも自分が相手に関わっていないし、相手から信頼されていない。

そもそも、”人間、できることが増えれば自発的になる”ことがわかっていれば、”人を管理する”という発想は起こらない。

分業化された組織の中で、新人であれば5年、中途であれば1年も与えられた業務を続けると、やり方に習熟しはじめ、人から認められ、頼りにされる。インプットが固定化し、その状態に思考を深める数が減っていく。自分ができると過信しだす。

「それは、ほんとうに解くべき問題なのか?」

難しく考えず、ネットや書籍のカタチで一般流通している問題解決スキルをインプットせずに、まず「それは、ほんとうに解くべき問題なのか?」と問いかけること、答えがでなくてもその回数を増やすことが大切です。

そして、インプットを増やし、想像力を高めていく。解くべき問題が特定されても、それを解いていくためには想像力が必要になる。なぜか。解くべき問題は、過去に解かれたことがない。つまり、解き方は、他部署、他社、他者から借りてこれないため。