人間の思考は、ほっておくと固定化される。ではどうすれば良いか

人間、ほっておくと思考が固定化される。

思考が固定化されることで、毎日の目の前の小さな小さな問題解決が、負担感少なく、ラクにできるようになる。固定化されることは、人間が日々、生きていく上で大切な事。

しかし、日々を同じ思考で過ぎし続けることで弊害も発生する。少しでも自分の周囲の環境が変わった直後から不具合が発生する。固定化された思考が機能しなくなる。と、気づいていても固定化された思考は継続される。「きっといつかは戻る」「私は大丈夫」「うちは大丈夫」「ここは大丈夫」など。その結果、半年以上を経過した時点から、目の前に解いたことのない問題が表れていく。答を探そうとする。しかし、そもそも、その問題を答えはない。にもかかわらず、探そうとする。その結果は過去の人達が教えてくれている。。。

思考を固定化するまで、繰り返しやることはとても大切。その一方で、最低限「このやり方、この考え方は、どのような時(条件)、使えるのか」「そもそも、なぜ、このやり方をしているのか」を答えが出なくても自分に問いかけて置くと良い。

「最悪の状況を想定する」と言われる。これは極めて重要、しかし、人間、自分が体験していない最悪、最低の状況は想像ができない。

例えば、学生時代に数億円の負債を親族の事業が倒産することで、負わされた人が想定する最悪と、そうでは無い人が想定する最悪は異なる。

「最悪の状況を想定する」と同じような言葉がある。

「発想を転換する」

発想を転換した方が良いことは、誰でも頭ではわかっている。では、具体的に固定化している思考、何が固定化されているか具体的にわからない状態で、どうやって発想を転換すれば良いのか。「旅に出る」「環境を変える」とアドバイスをする人もいる。目の前に重たい問題を抱えている状態で、どうやってそのようなことをすれば良いのか。アドバイスをしてくださる人はありがたい。しかし、アドバイスをしてくださる人がふつうに、あたりまえに考えることと、自分が考えることは異なる。

「視点を変える」、「俯瞰する」も同様。

このような正しいが、実効性の薄いことが多々ある。

結局、やってみないとわからない。やってみることは怖さがともなうことがある。だからこそ、適切な想像力をスキルとして身に付けて置く必要がある。

誰でも知っていることをやるのが一番、難しい。

一見、小難しそうにみえることは、意外と簡単にできる。

小難しそうなことを言っている人も、誰でも知っているふつうのこと、あたりまえのこと、凡事が習慣でできている人の数は極めて少ない。10人中1人、いるかいないか。