独自の価値を必要としてくれる顧客がいる場合、競合の概念は消える

競合分析。やった方が良い。しかし、競合分析をしたところで、売上や利益金額が増えるわけではない。業界構造を知り、バリューチェーンを把握し、どこで利益が得られるのか。俯瞰してみたところで、売上や利益金額が継続して増えるわけではない。

競合に対して、ある部分での優位性を高めていく。これもやった方が良い。しかし、そもそも、その特定の部分を磨いたところで、一瞬、顧客にフィットしても、競合がその優位性をマネ、利益をお互いに下げ合うことになる。結局、儲からない。儲からないから、新たな需要創造に時間とお金を投資できなくなる。その結果、既存事業の生産性・効率を上げる方針が強くなる。利益は増えるが、いずれ既存事業の需要が減少し、商売が成り立たなくなる。

独自の価値は、書籍やMBAコースで流通される現状分析の手法からは生まれない。もちろん、ビジョン構想のフレームワークはあるが、そのフレームから出てくるビジョンは、誰かが確実にまねることができるふつうのものになる。同じような育ち、経歴、価値観を持つ人達が、MBAを受けたり書籍を読む。アウトプットされるビジョンはほぼ、同じになる。また、意思決定を仰ぐ段階で、他社の成功事例、取り組み事例を求められる。この時点で、すでに勝敗は観えている。尖りはなく、ふつうのビジネス、プロダクトになっていく。口座に入金はされるが、利益が薄いか、マイナスになる。これは、経営層であれば、頭ではわかっている。

新たな需要を創造するには、顧客にフィットする“タイミングをはかり”、やってみて、反応をみて、次の課題と解決策をつくり、またやってみる。それをできる限り速くやり続けることで、顧客にフィットするモノゴトを創っていく。これを属人的にではなく、体系的にやる。続けられる人間の行動原理と原則を知る。

これが唯一の需要創造の道筋。しかし、これを取り入れない原因は、既存事業で展開される生産性向上・効率化を、需要創造の領域に入れ込むことにある。

当然、人事・評価制度にも原因はある。需要創造をする場合、定時はない。所定労働時間もない。いつでも、どこでも、ずーっと「どうすれば成功するのか」を考え続け、やってみ続ける必要がある。高度プロフェッショナル人材もしくは、経営トップ層にしかできない。通常の制度の範囲で、現場に近いリーダー層に需要創造を任せていくことは、ほぼ不可能に近い。もし、それをやろうとするリーダーがいる場合、いずれ、よりお金と成長機会が高い企業へ移籍するか、独立する。その瞬間、投資し蓄積してきたの組織能力は、組織から消えてなくなる。

創業者がいない組織は、年々、顧客が必要としてくれていた尖りがなくなり、ふつうになっていく。ふつうのままで事業継続、持続可能性を追求することは、顧客からの入金だけでは、無理がある。顧客は必要としてはいるが、同じような価値を提供する他社がいることもわかっている。結局、利益を削り合う競争に耐えるために、生産性・効率を上げ、他社を買取、仕入原価を下げ、耐えた企業が残る。これはこれで良い戦略。

しかし、需要創造にはつながらないため、時間をかけ衰退していく。顧客が必要とする尖った価値を創造する。それができる人材を社内で育成した方が良い。他社からそのような人材を取り込んでも、自社の価値観を体現できるわけではない。

そろそろ、過去と未来に連続性は無い、この世は浮世、固定されているわけではないことを頭だけではなく、身体で理解する必要性が出てきている。環境が固定されているのなら、浮世離れはネガティブだが、環境が固定化されていないのなら、浮世離れはポジティブな要素もある。

人間、体を動かさないと、脳の神経細胞の新たなネットワークがつくられない。頭でどれだけ考えても、それは現実にはならない。神経細胞の新たなネットワークをつくるための行動を28日間は続ける必要がある。